ホットクック でパン作りが楽しい(むっちりもっちり)
生来、ちまちま、1人で無心になってやる作業が好きなので。
パンを焼いたり、クッキーを焼いたりする作業は、むいているということは薄々わかっていたのだが。
年末だし、休日だし、
ということで、やってみた。
何事も経験だし。もしかしたら新たな趣味になるかも。。という淡い期待とともに。
強力粉、バター、ドライイースト、牛乳、塩、砂糖。
全てを混ぜてこねこね。。。。
た、楽しいんじゃないかこれは!?
ある程度力がいるので、「叩きつけるように」とレシピ本にも買いてあったのだが、
まさにこれは、、、ストレス解消。。!!
1次発酵が終わったら、チョコチップを混ぜ込んで。こねこね、、、、
このもっちりむっちりした生地が、、、快感!
そして30分仕上げ。
底はカリカリ、上はふっくら、もっちりのパンが出来上がり🍞
初めての割には上出来!これはちょっとハマる余地あるかもしれない。
早速富澤商店で、チョコチップ、抹茶パウダーなんかを買い込んでみた。
年末年始の楽しみになる予感、、
創作の楽しさを思い出せてたのしかった。
あとはやっぱりこねるの楽しい、子供の頃の感覚がよびさまされる笑
疲れた人にはおすすめかも。
40代になるとこんなに楽になると思わなかった
30代まではきつかった。
若くて、結婚出産とか、いろんな可能性が、まだあって、
だからこそ、
今の自分の選択が、
これからの一生を決めうる、
後悔しない様にしたい、というプレッシャーが、
20代の比ではなかった。
仕事でも、まだまだ中堅以下の下っぱで経験も足りず。
上司や外部の人たちと接する立場も弱く、辛かった。
しかし。
40代になると。
見たこともない風景が待っていた。
まず、もう40代になると、結婚とか恋愛とか、の対象から離れるので、それでめちゃくちゃ気楽になった。
「そういう対象」から外れることがこんなに楽かと思わなかった。
(ここは30代で色々モヤモヤしてる女性に声を大にして伝えたいところ)
周囲からも、「彼氏は?」とか、一切!言われなくなった、(そもそもそんなこと聞くのが恐ろしいだろうな(笑))
ほんとぱたっと周囲の雑音がなくなった。
30代は周囲の雑音に惑わされるしプレッシャーだったがそこから解放されるのがこんなに楽か、
かつ、それまでいかに自分がこうしたい、ではなく、周囲からの圧、により惑わされることが多かったかを思った。
親も、30代はかなり結婚への圧をかけてきたが、
私が結婚しかけたことが数回ありその度に事情を知っているので、
私の決断にもう何も言わなくなった。
仕事も。
従業員の平均年齢を超えたあたりから、グッと楽になってきた。
経験積んで、
周囲で初めて会う相手にも、動じず堂々としていられる様になったので、失礼なことをされることが減った。
元東大教授の上野千鶴子さんが、
「40代が一番バランスが取れて充実している時期」
と言う趣旨のことを本で言っていらした。
本当にそうだと思う。
50代になったら、また体力も落ち、病気云々など、心配事も増えるだろう。
今、この時期が一番こんな強気な感覚でいられるのだろうな、ということは、
常にわかりつつも、
過去の自分に、40代は楽になるよ、と伝えてあげたい。
さらに、以前のブログでも書いたが、
50代になると、さらに自分の思い描いていた自分の姿に近づけるのではと楽しみにしているところがあるので。
その辺りの変化も経験してみたい。
高級ブランドのハイヒールを全て手放したお話
今日はクリスマス!
伊勢丹も銀座三越も行列がすごすぎる!ということで早々に撤退。
クリスマスといえば、プレゼント。。そしてジュエリー、高級ブランドの広告やツイッターでのつぶやきも増えた。
懐かしいなーという感じだ。
20代の頃はとても憧れ手に入れときめいた。
ただ、今はほとんど手放した。
友人の女医に、ブランド大好きな人がいて、
彼女の影響で、(なにしろ食事に行くたびに全身をじろじろ見られる、行きたいと言われるところもブランド店、ブランドの魅力を熱く語る)
ブランド物をちょこちょこと持つようになった。
(ただし、中古とかセールでしか買って(買えて)ない。
どうしても新品にその値段なりの価値があるか、凡人の私にはわからなかった。
今思うと完全に、若さゆえの見栄と、
あとは「いいもの」と言われるものがどういうものか経験したかったというのは、ある。)
カバンは鉄板ヴィトン、エルメス、シャネル、、(全て中古)
靴はセルジオロッシ、ルブタン、ジミーチュウ、、(全てセール)
靴は特にジミーチュウが、ヒールなのに抜群に歩きやすかった。
なにしろヒールで歩きづらいと、、それはまさに拷問みたいになるからね。ヒールをはく女性ならわかると思うが。
ジミーチュウ、
はじめて松屋銀座に(セールの初日に)かいに行った時、
ちょうどセルジオロッシのヒールを履いて行ったのだけれど(靴はきちんとしたものはいていかなきゃと思って)
痛くて痛くて、
お店で履き替えた時に、
同じヒールなのになんでこんなにはきごこちが違うんだ!?とびっくりしたのを覚えている。
そこからはまって、ハワイに行った時に(その友達と、、)数足買いだめたり、
今から思えば楽しかった。
(そのため全くお金はたまらなかった。。。給与はほとんどそういう買い物に使っていた。
あれらのお金を投資に使っていたら、、、、と今でも思う、、)
しかし!
ハイヒールというものは本来それで歩く様にはできていないという。
ここぞという時に、会場で履き替えたりするもの。
ガシガシ歩くと、
都会の道は危ない。膝も痛くなるし。たくさんあるくと拷問の様になる。
電車でずーっと立ってたりするしね。
(そう!まさにタクシーに乗って移動する人のためのものなのだ。ヒールなんて。)
それで、
なんのために私はここまで辛い思いをして履いているのだ!?
という素朴な疑問が湧き上がってしまい、、、
しかも、彼氏と別れたりして(笑) (この彼氏のお母さんが生粋のお嬢様で、特に靴はきちんと見てらしたので気を張ってた笑)
着飾る、こと全般にちょっと疲れてしまった時があったのをきっかけに、
あと、膝にも悪すぎる、このままでは健康を害する、と本気で危惧してしまったので、
あげたり、ブランド品専門のネット買取に、二足三文みたいな形で引き取ってもらったりした。
こんな物か、って感じ。経験したからもういいや、ということ。満足したということだ。
私の人生にはもう必要ないと思った、ということだ。
今はほんと、靴もローファーだし。
服もユニクロ大好きって感じ。
しかし、若いうちに一度は経験したから、今で十分満足しているということはあると思う。
あとは仕事においては、自分自身が歳をとって中身に力をつけてきたので、
あえて身なりで肩肘を張る必要がなくなったのも、とても大きく、楽になった。
若い時は、中身がないぶん「きちんと感」みたいな感じで、身なりから固める、って感じだったけれど。
そんな感じで、40代は色々と解放されて楽になった、って、
ティファニーのクリスマス広告見て思い出した話でした。。happy holiday!
おひとりさまは鬱がちになって当たり前
毎日の生活で
接する人が、主に仕事関係の人になるなら。
つまり、
「味方」とはいえない、利害関係ある、緊張感を必要とする人としか主に話していないことになったら。
家族など、緊張感がいらない、「味方」と話すことがないなら。
だんだん鬱がちになってきて当たり前だ。
そしてそれは意外と、ハッとするほど、
一人暮らしおひとり様は、ありうるのだ。
一日の中で、
ある程度の「緊張感」「利害関係」を持つ人としか接していなくないか!?て感じ。
例えばコンビニで物を買う一つでもそうでしょう。お店の人はお金払わなかったら警戒する。利害関係ある相手。きちんとしないといけない。
それは、対人に対してネガティブになってきて当然だよ。
その逆、バランスを取るもの。
つまり「緊張感を和らげる」「利害関係がない」人と接することがないなら、
ただ対人は緊張するだけのものになっちゃってる。
弱ってきたら、
「周りは敵ばかり」て感覚になって、
対人そのものを避ける方向に進むのも、それは当然の流れと思う。
どうするか。
「仕事帰りの行きつけの飲み屋さんで女将さんと話す」
みたいな行動は、
(まあ結局はお金を払うわけだから利害関係あるんだけど、、、)
「緊張感なく、味方になってくれる人と話したい」
という感覚の解消のための行動に近いんじゃないかな、と思う。
利害関係のない相手と接する時間。
それは社会人になったら実にむづかしくなり、
結局は学生時代の友人しかそういう相手はいないのかもな、、、という感覚。
趣味の友達、というのを作ろうといろんな習い事に通ったことがあったが。
結局、
バックグラウンドが当然違うわけで、
職業を聞かれると、色々頼ってこようとする人が出てきたりして、
とても疲れて、(そんなの対等に友人関係になんてなるわけがない)
やめてしまった。
定年が近くなると、同窓会をしたり、昔の仲間と会いたがる傾向ってあるというが、
本当に、そこは、「帰ってくる場所」なんだと思う。
彼らこそが、
社会の中で肩書きを持って生きる自分でなく、
何者でもない「素」の自分を知っていて、利害関係なく緊張なくいられる貴重な場だと、みんな知ってるからだろうなと思う。
自分を喜ばせる方法を見つけること(新宿デパ地下にて)
クリスマスイブ!
新宿のデパ地下はどこも、平日とは思えない賑やかさ。
いつもはない、高級なクリスマスお家ディナー様のメニューが並んでるお店が多い。
ローストビーフ、生ハム、そしてホールケーキ!
なんとなく、流行りに乗りたくて(?)普段は当然、ホールケーキなど買わないのだが、
生クリームの味が好きな、
「堂島ロールケーキ」のモンシェールでロールケーキを1本購入した。1300円くらい。
(カットではなく1本のやつ。ホールケーキに類する感覚で。。)
それをちまちま切って、「幸せー。。。」ってなっているわけで。
そして当然残りは冷蔵庫。
そして翌朝(今朝)
「起きたら美味しいロールケーキがある!」
ということを思い出した時の幸せさ。自分でも驚くほど。
こんなに朝から幸せになれるんなら、
毎日1本ロールケーキ買っておくくらい安いものだろうと思えた。
これで、朝から嬉しい気持ちになれて、今日も生きていくポジティブな力が湧くのなら。
これで、生き延びていけるなら。
人は何にでも慣れるから、ロールケーキひとつでずっとこの高揚感が続く、というわけではないだろうけど。
手を変え品を変え、
こうやって
「いかに自分をよろこばせて行くか」
を考えていくのは、
生き延びるためにとっても大切なことと思っている。
「人生は騙し、騙し」
田辺聖子さんの言葉。
「今日はどうやって自分をよろこばせてあげようかな?」
他人に依存するんじゃなくって。
自分で自分を喜ばせてあげる方法をたくさん持っていること。
自分を幸せにしてあげる方法を知っていること。
こんなささやかなことで、人はまた生き延びていくことができる。そんなものなのだろうと思う。
今日はまた一つ見つけたから心のメモに追加して。
このいい調子でまた幸せハンターして行こうと思う。
年末は街も華やぎ、雰囲気が良いからそこに身を置くだけで結構見つかりやすいかも。